音楽

fire sign ★BUMP OF CHICKEN★

先日のGWで前述の北軽井沢のキャンプ場にいたときのことです。

といっても、自分たちはそのキャンプ場を後にするためにテントや諸々の片付けをしていました。

実は、世間的にはちょうどその日からがカレンダー上の連休になっていたので、そこではスタッフの方たちが「GW真っ只中に向けての準備」って感じで働いていました。

 

空は快晴で

目の前には新緑が眩しい草原が広がっていて

その先には雄大な浅間山がそびえたち

そして、キャンパー達が大挙して押しかけてくる前の束の間の静寂・・・ 

 

そんな中でノンビリと家族3人で後片付けをしていました。

あらかた片付けが終わった頃、目の前の草原の横のツリーハウスのテラスで、一人の青年がギターを片手に歌を唄いはじめました。

どうやらその日の夕方(GWの賑わいの真っ只中)その草原で行われるキャンプ場の企画のミニライブの練習をしているようでした。

もちろん有名な人ではなく(たぶん)、アマチュアとセミプロの間ぐらいの人なんだろうとは思ったけれど、アコースティックギターの音や声質がなかなか心地よく、特にその時のシチュエーションにピッタリで、アンプでちょっとだけ増幅された音が、緑の大地に、真っ青な空に、染み渡っていくようでした。

自分がちょっと離れた場所に歩いてゴミを捨てに行ってから戻ってきてみると、草原で遊んでいた娘が、その唄っている青年の前の地面に何人かの人と座って歌を聴いていました。そしてその姿があまりにも自然だったから、自分たち夫婦も後片付けの手を止めてそこに座って一緒に聞きました。

 

時間の流れが・・・

明らかにいつもと違っていました。

 

その場に座っていた一人の人がキャンプ場のスタッフの人だったらしく、「何かリクエストしてみたら?」と言ってくれたので、一緒にいた2~3人の人がちょっとリクエストをしたりしました。(娘の「ポニョ」は無理だったけれど)

自分「バンプの曲、何かできますか?」

青年「fire signなら」

自分「あっ、それお願いします」

 

そして、その青年がfire signを唄い始めて、自分も一緒に口ずさみながら、

そしたらその時いきなり、思いがけず・・・

涙が出そうになった。

何かが「ガツン」ときた。

でも、そんな場所で昼間から涙を流すのもすごく変だと思ったから、

必死にこらえていました。

 

「今自分は生きている」「自分にとっての幸せとは」「与えられたものへの感謝」 

ほんの一瞬の時間だったけれど、

いろいろ考えていました。

いや、考えるというよりは感じていました。

 

やっぱり、時間の流れが・・・

明らかにいつもと違っていました。

 

 

【BUMP OF CHICKEN】 『fire sign』 

誰かの為に生きる という思いを込め 旗を抱き
拾ってきた笑顔の中に 自分の笑顔だけ見当たらない

いつか聞こえた泣き声を ずっと探してきたんだね
少し時間が掛かっただけ 自分の声だと気付くまでに

星は廻る 世界は進む おいてけぼりの 心の中に

微かでも 見えなくても 命の火が揺れてる
風を知って 雨と出会って 僕を信じて燃えてる

ここに居場所は無い という涙で濡れた土の上で
倒れそうな旗をいつまでも 支え続けてる人がいる

汚れた猫が歩いていく 「行き」の道か 「帰り」の道か
支えてきた旗を 今まさに 引き抜こうと決めた人がいる

旅立つ人よ その行く先を 照らす明かりは 君の中に

微かでも 見えなくても 命の火が揺れてる
歌うように 囁くように 君を信じて燃えてる

旅立つ人よ 声が聴こえる 「愛しい人よ あなたの中に」

星を廻せ 世界を掴め
僕らの場所は 僕らの中に どんな時も

微かでも 見えなくても 命の火が揺れてる
風を知って 雨と出会って 僕を信じて燃えてる

歌うように 囁くように 君を信じて待ってる
微かでも 見えなくても 命の火を見つける

| | コメント (0) | トラックバック (0)

また一つ

SPITZの「チェリー」

 

 

また一つ、自分の人生の一ページと切り離せない曲が増えた。

そんな気がする。

 

みんな、ありがとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

RECYCLE Greatest Hits of SPITZ

やっぱりいい。何度聞いてもいいものはいい。

どの曲もいい。ハズレがない。

ランニングには(ちょっと)合ってないかもしれないが、

キーが(ちょっと)高くて、(自分には)歌うのが(少々)つらいが、

自分の人生の様々な場面を呼び起こされてしまうが、

やっぱりいい。

 

今度、職場で行われるちょっとしたイベントで、子供たちと一緒に『チェリー』を歌うことになった。

今の子供たち(ほとんど全員)がこの曲を知っていることにも驚いたが、一緒に歌える場ができることにも驚かされた。

 

 

ところで、

先日、ここ数年間を一緒に過ごしてきた思い入れのある子供たちから「みんなが集まるから来てくれないか?」と言われた。

がしかし、それは周りの(大人の)方針で断念せざるをえなかった。

そのこと自体は、会社にとっても必ずやプラスの結果を生むはずのことなのに、

子供たちの今後の人生にとっても必ずや良い影響をあたえるはずのことなのに、

 

快く思わない人がいるかもしれないから?

全体として、他の人にも薦めることができないから?

誤解される可能性があるから?

一部の人間だけを大事にしていると思われかねないから?

それとも、

「キミニハオモイイレガアルカモシレナイケレド、ホカノヒトニハトクニソンナモノハナイ」からなのか?

 

世の中の全員が快く思うことなんかあるのか?

世の中の誰が行っても全く問題のないことなんかあるのか?

全く誤解される可能性のない”行動”なんてあるのか?

広く全体を大事になんてできる人がいるのか?

 

それよりも、そんなことよりも、もっと重要なことは、大切なことは、

『心=感情』なんじゃないのか?

俺たちの仕事は、それがあって初めて生きたものになるんじゃないのか?

それを殺して、いったい何ができるって言うんだ? 教えてくれ、頼む。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

世界に一つだけの花

まずはじめにことわっておきたいのが、

自分はこの歌、「聴くのも歌うのも嫌いではありません」

 

 

たまたま、人との会話の中でこの歌について少々語り合った。

この歌は一般的には、

「他人と比較するのではなく(ナンバーワンを目指すのではなく)、自分自身がオンリーワンになればいいんだ」

っていうふうにとらえられていて、実際に歌詞もそういっていると思うし、多くの方が(ネットで検索などすればお分かりのように)『人との比較は良くない=すべきではない』的な話の一例としてあげられています。

 

本当にそうなのかな?

  

大事なことが忘れられている気がする。

「人間は他者の存在なくして、自己を確立できない」

「オンリーワンだけを目指す努力なんて、そもそも存在しない」

「競争自体は決して”悪”ではない」

自分の存在の確認(自分とは何者だ?自分の価値とは?などなど)のためには、他者との比較が不可欠だと思いませんか? 他者の存在(=他者との比較)ないところ、他者との繋がりのないところで自分を見つける(=確立する)ことには無理がある。

人から見てあなたは(自分は)どんな人間だ? それこそがあなた(自分)であり、自分の心の中にある「自分ってこんな人間」といったものは思い込みに過ぎない(といったら言いすぎでしょうか)。そもそも自分がオンリーワンであることの確認に他者が必要である。

だから、「よーし、目指すのはオンリーワンだ!」ってことが、すでに他者との比較であり、ある場所における「ナンバーワン」を目指すことになってしまう。

しかしながら、そのナンバーワンを目指す(他者との比較の中で競争する)こと自体は決して悪いことではないはず。だって人類の歴史の中におけるそのプラスの部分に光を当てて見れば一目瞭然で、人はあまりにもそのマイナス(負)の部分だけに光を当てすぎる。確かに戦争や争いなどの「行き過ぎた競争」があるのは事実で、この歌もそのように捉えられているのを散見するが、本当にそうなんだろうか? マイナスがあるから全てを止めてしまえって事であれば、あまりにも短絡的に過ぎるような・・・。

 

旬な話題で言えば、マラソンの高橋尚子選手。

(個人的には、「ちょっと商業過ぎる」と思わないでもないけれど、そのことに関しても「大好きな走るってことを(あのレベルで)続けるためには、ああするしかないんだろうな」と理解はできる。)

その高橋選手の敗戦インタビューを聞いていて、

「何と強い人だ。ナンバーワンを(それだけを)目指して、人はここまでやれるものなのか。そして夢かなわなかった時に、またここまでそれを受け入れられるものなのか。」と思った。

と、同時に「この人はすでに”オンリーワン”だ」と確信した。あれが高橋尚子。かっこよかろうが悪かろうが、あれが彼女。走り続けてもらいたい。(個人的にはそんなに好きではないが)一人の人間としてのその生き方に敬意を覚える。

 

 

この歌詞は語っている、

『ナンバーワンにならなくてもいい』

ならなくても、なれなくてもいいんだ。

でも、自分はこう付け足す、

『だから目指せよ、必死に目指そうぜ、オンリーワンになるために』

そう生きたいし、そう生きてもらいたい。

 

だって、人が一人一人オンリーワンなのは当たり前で、だれにとっても「我が子」は「恋人」は「家族」は・・・様々な人は「オンリーワン」だよ。そしてそれは相手(他者)が判断すること。(それが代替不可能かどうかはちょっと別問題:以下のブログ参照)

http://jidaiokure-blog.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_ff06.html

 

競争して、ナンバーワンを目指して、精一杯やって、その結果自分が誰か他者にとってのオンリーワンの存在になれればいい。

オンリーワンに逃げたくはない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

supernova ★BUMP OF CHICKEN★

この曲・・・、前から思ってたんだけど、なんと言うか、何で?

 

熱が出たりすると気付くんだ 僕には体があるって事
鼻が詰まったりすると解るんだ 今まで呼吸をしていた事

君の存在だって 何度も確かめはするけど
本当の大事さは 居なくなってから知るんだ

◎「わかってるよ、そんなこと」って言いたいけれど、いつもやっぱり後になってから、そう、本当になくなってから思い知らされる。

 

延べられた手を拒んだその時に 大きな地震が起こるかもしれない
延べられた手を守ったその時に 守りたかったのは自分かもしれない

君の存在だって もうずっと抱きしめてきたけど
本当に恐いから 離れられないだけなんだ

人と話したりすると気付くんだ 伝えたい言葉が無いって事
適当に合わせたりすると解るんだ 伝えたい気持ちだらけって事

◎今日の自分がこれ。気持ちが一杯で言葉が見つからなかった。何て言えばいいのかわからなかった。伝えたい気持ちはあった。溢れるぐらいあった。言葉だけが見つからなかった。

 

君の存在だって こうして伝え続けるけど
本当のありがとうは ありがとうじゃ足りないんだ

僕らの時計の中 ひとつだけでもいいから
本当を掴みたくて 本当を届けたくて

歳を数えてみると気付くんだ 些細でも歴史を持っていた事
それとほぼ同時に解るんだ それにも終わりが来るって事

君の存在だって いつでも思い出せるけど
本当に欲しいのは 思い出じゃない今なんだ

君を忘れた後で思い出すんだ 君との歴史を持っていた事
君を失くした後で見つけ出すんだ 君との出会いがあった事

誰の存在だって 世界では取るに足らないけど
誰かの世界は それがあって造られる

君の存在だって 何度も確かめはするけど
本当の存在は 居なくなってもここに居る

僕らの時計は 止まらないで動くんだ

◎なんて言うのか、やっぱりこうとしか思えない。「確実に、着実に、何事にも『おわり』はくる。だからこそ『今』が本当に大切なんだ」  過去は、振り返るためにあるんじゃない。動き出すために、そう、止まらないで動くために存在している。些細でも素晴らしい過去を、歴史を、素晴らしいものとして残すためにも、『今』を生きるんだ。動き続けるんだ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

こんなん聞いています

前々回からのランニングねたの続きってことで・・・

走りながら聴く音楽は、個人的に思い入れのあるものをウォークマンに入れています。その中でも「シンミリ」よりも「来た来た~」と気合が入るものが良いですね。一例を挙げると

「BUMP OF CHICKEN」 走りに行く1曲目はバンプの”カルマ”と決めております。なぜといわれても特に理由は無いですが、気合入ります。今一番良く聴くのはバンプかな。

「エコーズ ECHOES」 学生時代に(今も)特に好きだったバンド。辻さんが作家としても成功したときは嬉しかったな~。自分もバンドやってたのでコピーもたくさんやりました(他のメンバーからの評判は・・・だったけど)。好きな曲いっぱいあります。”Cutting Edge”の前奏が始まると、来た来たーって感じになり ”Charly Brown in Memorial Park”の世界に浸って ”Youthquakers”をシャウトして ”天秤にかけた地球儀”で自分を見つめ ”Blue Monday”で強く頷き ”Stella”のかっこよさにクラクラしながら ”Humming Bird Land”で鬱屈した思いをかきたて ”最終出口”に全てをぶつける って感じでしょうか。1986年作のアルバム『Heart Edge』・・・名作です。誰がなんと言おうと。(他のアルバムも好きですけど。)

「ストリートスライダーズ The Street Sliders」 これもホントまじかっこいい。歌いまくりました。当時はこんな大人にもなりたいと思っておりました。今の自分は?スライダーズ的な部分があるのか?あってほしい。ところで、現代の子供たちに聴かせた時の感想が妙に納得しました。「かっこいいと思うけど歌詞が古いな~」

他に、人に薦められて「良い」と思って聴いているのは「FUNKY MONKEY BABYS」→明るくなります。走っていて最高気持ち良いです。特に”笑顔”はまさに今の自分のテーマ曲です。 「ASIAN KUNG-FU GENERATION」も良いですな。足が勝手に進みだします。

あっ、そうそう忘れてはいけない「スピッツ」の『RECYCLE』は何回聴いたか判らない。走るときに合うかどうかは別にして素晴らしすぎる。”ロビンソン”は自分の人生の一場面の象徴として忘れようとも忘れられない。

と言えば、今までの人生の一場面と結びついていて忘れられない曲は、他にもいっぱいあることに気付きます。「サムデイ:佐野元春」はまさに高校時代の自分だし。バンプの”天体観測”は忘れ難い一日を思い起こさせてくれます。

以上書き散らかしてきて感じるのは、「邦楽」ばっかり。

その理由は簡単で、自分は音楽を聴くときに「曲の中に入り込む」タイプだからでしょう。だから歌詞が非常に重要(単に英語が解らないだけという指摘は正しいです)だからです。

ところで最後に、入り込むタイプの人間である私(北の国からのテレビドラマシリーズは何度見ても泣けます。中嶋みゆきのシュプレヒコール(だったと思う、確か)を聴くと、金八先生の「加藤~」と言う声が自然に聞こえてきます)にとって、入り込める情緒的な曲も実は密かにはまっていたりします。

「オフコース」よく口ずさみます。「スキマスイッチ」最近聞き始めました。「さだまさし」昔かなり聞きまくっていました。『そうさ、むかしはむかし~♪』

「人それぞれ、人生の様々な場面を飾る忘れられない曲があるもので、それって素晴らしいよね。他人には言えなかったり解ってもらえなくてもさ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)